パンデミック後の数年間は、サプライチェーンの課題、購買習慣の変化、物価高、政情不安、インフレ圧力、気候変動などによる大きな混乱が続き、収益は停滞しました。その結果、消費財企業のCEOたちは、受け身の姿勢を強いられる状況に置かれていました。
そして2024年、この数年徐々に進んでいた業界の変化が突如として加速しました。消費者行動の変化、消費財企業と小売業者の関係性の進化、販売量回復の必要性、プライベートブランドへの関心の高まり、デジタル化とeコマースの絶え間ない進化。こうした変化の中で、受け身のリーダーシップアプローチはもはや通用しなくなったのです。消費財企業のCEOには、臨機応変な発想力、チャンスを逃さない積極性、そして先を見越した戦略的思考が求められるようになりました。
こうした変化が消費財業界の構造をどう変えていくのか、そして消費財企業のCEOにはどのような対応が求められるのかを明確にするため、ラッセル・レイノルズ・アソシエイツは世界中の消費財エキスパートの知見を集めました。その分析から、2025年以降に成功を収めるために必要なリーダーシップ・ペルソナが浮かび上がりました。
ここ数年、高インフレや物価上昇といった不安定な状況が続く中で、消費者はこうした変化に慣れ、適応力を格段に高めています。「せっかく買うなら少しでも良いものを選びたい」という価値重視の心理から、新しい商品やサービスを受け入れやすくなっています。一部の商品については節約志向である一方、高くても良質な「プレミアム」商品をこだわって買うという傾向も見られます。
小売業者は、価格の引き下げやプライベートブランドへの投資、サプライチェーン・エクセレンス強化の要求、消費財企業との連携を担う商業部門の縮小といった手段を通じて、消費財企業に対する影響力を強めています。 小売業者と消費財企業の境界線があいまいになり、互いに従来の役割を超えて相手の領域に踏み込むようになった結果、関係性は当然ながら不安定化しています。
2021年から2023年にかけて原材料費や製造費が高騰しました。これに伴い、メーカーは段階的に価格を引き上げ、コスト増を消費者に転嫁しました。その結果、売り上げは大幅に伸びたものの、高インフレ下で消費者の買い控えが起き、全体の販売量は減少しました。消費財企業はこれ以上の値上げが難しく、価格設定だけで業績計画を達成することができなくなっています。そのため、多くの消費財企業にとって、販売数量を伸ばして収益を拡大することが、最優先であると同時に大きな課題となっています。
プライベートブランドはここ数年増加傾向にあり、現在、ヨーロッパでは売り上げの25%、米国では14%を占めると推定されています。 消費者は価値重視の姿勢を強めており、その一環として、よりコストパフォーマンスの高いプライベートブランドに移行しています。そして、品質が大幅に良くなっているという実感から、今やブランド品に戻る意欲は薄れています。
デジタル・トランスフォーメーションは消費財業界において引き続き極めて重要です。パンデミック後も消費財カテゴリー全体でeコマースの売上は増加を続け、食料品、化粧品、日用品、家庭用品をオンラインで購入する消費者が増えています。消費財企業も消費者直販(DTC)モデルの活用に加え、アマゾン、ウォルマートなどのeコマースプラットフォーム、ならびにeコマース特化型小売業者との提携を進めています。さらに、デジタル技術を活用し、サプライチェーンの最適化、収益成長管理ソリューション、顧客データを活用したパーソナライゼーションやカスタマイズなどを行っています。
消費財企業は成長を目指し、先手を打つ戦略に転換する中で、有望なカテゴリーと地域に重点を置いてポートフォリオを再構築しています。レキットベンキーザー社はブランドポートフォリオを再構築し、市場をリードする高成長・高利益率のブランドを優先する方針を発表しました。これにより、より効率的なビジネスモデルへの移行を進めています。 多くの組織がビジネスを合理化し、本来の主軸事業に専念するための手段として、ポートフォリオの再構築を図っています。たとえば、ユニリーバ社はアイスクリーム事業を分社化し、ゼネラル・ミルズ社はヨーグルト事業を売却、キャンベル・スープ・カンパニー社は社名をキャンベルズ・カンパニーに変更しています。
消費財企業はこれまで、合併・買収・分割(MAD)を通じてポートフォリオを変更し、成長してきました。ここ数年、業界では多くのブランドが売却されましたが、金利が低下し、規制緩和が期待される今、さらにブランド統合が進みつつあります(マース社によるケラノバ社の買収など)。今後、成功する消費財企業は、M&Aにおいてハイブリッド型の戦略を取る可能性が高く、大規模なポートフォリオ統合型の買収と、小規模ながら成長著しい企業への投資を並行して進めていくとみられます。
消費者重視主義はこれまでずっと消費財企業の運営理念でしたが、ここ数年は消費者とのつながりよりも、営利追求に重きが置かれていました。今後は、消費者との関係を再構築し、消費者の動機や欲求への理解を深め、消費者行動に基づく成長戦略を策定することに強い関心が寄せられています。
消費財業界のリーダーは、他社との差別化につながる成長をもたらすイノベーションを重視する一方で、消費者を店舗に呼び込む従来のマーケティング手法にも立ち返っています。「フランカー・ブランド」やその他の漸進的イノベーションは今後も一定の役割を果たすものの、企業も消費者も、購買の意思決定に影響を与え、変化する消費者のニーズに応えられるような、いっそう革新的な商品を模索しています。同様に、企業には抜本的なマーケティング改革に取り組む意欲が求められます。具体的には、AI活用による独自インサイトの獲得、ブランド・イノベーションの加速、クリエイティブコンテンツの適応、メディアキャンペーンや広告費の最適化などが挙げられます。
消費財企業は、小売業者との強い戦略的パートナーシップを築くうえで、カテゴリーに関する深い洞察が不可欠であることを認識しています。コマーシャル・エクセレンスは、小売業者との関係維持に欠かせない要素であり、その一環として、デジタル対応の収益成長管理ソリューションの導入などが含まれます。
消費財企業は、成長を推進し、消費者を呼び戻すため、技術を用いて従来の手法をモダナイズしています。適切なAIインフラを整備するため、多くの消費財企業がデータと分析を優先し、eコマース、メタバース、イノベーション、カスタマーエクスペリエンスに特化した社内チームを立ち上げ、そのすべての業務でCRM、クレジットカード、デジタル取引などの社内のデータソースからの情報を活用しています。消費財企業はまた、今後の混乱に備え、販促活動の強化に伴う需要増に対応するため、サプライチェーンのデジタル化を引き続き進めています。
ここ数年、消費財企業のCEOは、組織文化への投資を拡大してきました。それが戦略的優位に働くと理解しているためです。しかし、組織文化に手を加えていくことと同様に、既存の文化の強みを適切に理解し、尊重することも重要です。アジャイルな組織文化を築くことができれば、アプローチや実践法、戦略を変えても、組織が揺らぐことはありません。組織文化という動力源があるおかげで、消費財企業は、変わりゆく環境に適応できます。CEOが継続的な改善、適応力、変化を良しとする組織文化を醸成できれば、変化の最中でも組織全体が一丸となって進んでいけます。
業界のこうした新たな動きの水面下で、消費財企業のCEOのリーダーシップを根底から変える変化が起きています。その変化のスピードは加速を続け、より複雑で予測不可能な状況下でのリーダーシップが求められるようになります。消費財企業の取締役会は、CEOリーダーシップにふさわしい経営幹部をいかに発掘・育成・選定し、その成功を支える環境をどう整えるかについて、これまで以上に繊細な判断を求められています。
ビジネスを取り巻く環境が変化する中で、リーダーシップチームの成功を予測する確かな指標を取締役会が把握できるよう、ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ(RRA)では、 リーダーシップ・ポートレート を考案しました。
長年にわたる独自の調査を基に構築したこのモデルでは、経営幹部が「目の前の課題」に対応する準備ができているか(レディネス)、そして変化に直面しても学び成長し続けられる「将来の可能性」を備えているか(ポテンシャル)を評価します。私たちの新しいアプローチを採用すれば、変化の最前線に立ち続ける俊敏性(アジリティ)があり、不確実なことが起きても冷静沈着に自らの学びを加速させ、企業全体の変革をけん引するビジョンを持ったCEOを見極めることができます。
* 当社の記事「 The New Leadership Portrait: Understanding & Unlocking Senior Executive Potential, 」では、この評価と育成のアプローチに関する定義と方法論について詳しく解説しています。
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リーダーが現時点において「目の前の課題に対応する準備ができているか」(レディネス)は、経験とコンピテンシーの2つで評価します(図の上半分)。これにはリーダーとしての経歴や功績が該当しますが、一見相矛盾するリーダーシップの二面性を使いこなす技量も必要です。当社の Leadership Span Model™ では、4つの主な二面性(実利的 vs. 革新的、慎重さ vs. リスクテイク思考、弱さを見せることができる vs. 英雄的、共感 vs. 牽引力)を巧みに操る個人の能力を評価します。こうした二面性こそが、上級管理職へのステップアップに伴い必要となる資質です。たとえば、弱さを見せることと英雄的であることは一見相反しているようですが、最も成功している経営幹部はこうした二面性を兼ね備えています。
リーダーが自らの「ポテンシャルを最大限に発揮する」には、成功を予測する2種類の変化対応力、すなわち 成長要因とポテンシャル実現力 (図の下半分)をバランスよく併せ持っている必要があります。最も成功しているCEOは、この2つの能力のバランスを維持することに長けています。
成長要因では、環境や組織の要求が動的に変化しても適応できる能力を見極めます。一方、ポテンシャルの実現力では、自己認識力があり、自らの潜在能力を持続的に発揮しようという明確な意図があるかどうかを評価します。成長要因には、システム思考、好奇心と適応力、推進力とレジリエンス、社会的知性が含まれます。一方、ポテンシャル実現力とは、リーダーが深い自己認識力を持ち、自らの価値観や志を明確にし、個人的な功績や組織、業界、さらには社会全体への影響を意識し、それに貢献する揺るぎない意思を持つことです。*
重要なのは、この新しいモデルでは、トップの役職に昇り詰めればポテンシャルを実現できたとはならない点です。世界が複雑化を極めていく中で、職務は変化し、求められる基準も絶えず更新されていきます。つまり、ポテンシャルの実現は終わらない旅であり、たとえ最上位の経営幹部であっても、取り巻く環境や課題が変われば適応しなければなりません。
経営幹部がポテンシャルを最大限に発揮できるかどうかを決定する資質は多面的・多層的であり、個人による要素も大きいため、近年では、ポテンシャルを先天的で変わらない才能とは捉えなくなっています。むしろ、リーダーのポテンシャルは動的に進化し、さまざまな要因によって影響を受けるものです。
現在の消費財業界の動向や主要なビジネス推進要因を踏まえ、リーダーシップ・ポートレートから得た知見を消費財業界の視点で分析した結果、消費財企業のCEOが成功し、自身のポテンシャルを存分に発揮するために欠かせない、消費財業界ならではの5つのリーダーシップ・ペルソナを特定しました。変化が加速し続け、即時の成果が求められる傾向が一層強まり、同時にその要求も複雑化する中で、以下のリーダーシップ・ペルソナを柔軟に使い分けられるCEOこそが、消費財業界で成功を収めやすい傾向にあります。
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文化改革と人材育成に長けている組織が大きな変化を切り抜けていく中で、リーダーは、現在うまく機能している組織文化を維持しつつ、将来を見据えたアジリティを育むという、絶妙なバランスを探る必要があります。消費財企業における組織文化の変革を主導するには、高い社会的知性を備え、組織全体、さらにはその先の社会にどのような影響を与えたいかについての明確なビジョンを持つCEOが必要です。ある消費財企業のCEOは、企業文化について「『知っている』文化から『学ぶ』文化へと進化させたい」と語ってくれました。さらに、人材育成への投資や、重要な意思決定を担える世界クラスの経営チームを編成することで、大規模な改革を成功させ、成功を持続できる可能性が高まります。 |
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未来志向のリスクテイカー消費財企業のCEOとして成功するには、影響力のある意思決定を自信を持って行い、リスクテイクを重視する姿勢が求められます。また、そのような難しい決断を下せるだけの信念とレジリエンスも必要です。市場で勝ち残るには、新たな機会を前に即断即決・即行動し、長期的視点で考え、過去ではなく未来を見据えて意思決定を行うことが求められます。 |
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消費者重視の戦略家高い戦略的思考を持ち、消費者への深い関心と情熱を兼ね備えたCEOが、今後の消費財業界を勝ち抜いていけるでしょう。商業的成功を実現するためのビジョンを明確に打ち出し、地理的および人口統計的に魅力的な市場を選定したうえで、目まぐるしく変わる消費者環境の中で戦略を実行することは、先述の成長要因であるシステム思考と適応力を体現することにつながります。 |
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変革とイノベーションを生み出せるイノベーションに意欲を持ち、研究開発(R&D)部門を拡充し、ビジネス変革に前向きに取り組むことが、変化する環境に適応するための鍵です。CEOが部門横断的に有意義なイノベーションを主導できなければ、あるいはそれ以前に、イノベーションを推進できていないことを自覚できなければ、成果を上げるのは難しいでしょう。 |
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資本配分に長けたディールメーカー企業が「守り」から「攻め」に転じるためのポートフォリオ再構築において、資本配分は重要です。消費財企業のCEOは、価値を生むM&Aについてシステム思考を実践しなければなりません。買収と売却の両面からディールの候補を評価し、決断力を持って対応を提案し、計算の上でリスクを取る必要があります。特に、今後ディール件数の増加が見込まれる中(特に米国の規制緩和への期待から増加が予想されています)、これらの能力が一層重要となります。 |
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変化のスピードは今後も加速し、消費財業界のリーダーシップを取り巻く環境はますます複雑化していきます。消費財企業の取締役会は、CEOの短期的な即戦力としての適性を評価するだけでなく、リーダーとしての役割に応じて臨機応変に適応し、成長できる能力も見極める必要があります。前述のリーダーシップ・ペルソナの使い分けも含め、逆境の中でも方向性を見失わず、未知の状況でも効果的に手腕を発揮する能力が問われます。消費財企業の取締役会にとって、リーダーにふさわしい人材をどのように発掘・育成・選定し、経営チーム全体の成功を支える環境をいかに整えるかが、これまでになく重要な課題となっています。
Andrew Hayes leads Russell Reynolds Associates’ global CPG practice. He is jointly based in New York and Houston.
Dick Patton leads Russell Reynolds Associates’ Americas Consumer sector. He is based in Boston.
Sotiria Pericli is a member of Russell Reynolds Associates’ Consumer Knowledge team. She is based in New York.
1Jessica Moulton, Pavlos Exarchos, and Warren Teichner, Rescuing the decade: A dual agenda for the consumer goods industry, McKinsey, 11th June 2024
2 Ibid.
3 Ibid.
4 Reckitt, Reckitt to Sharpen Its Portfolio and Simplify Organisation for Accelerated Growth and Value Creation, 24th July 2024, https://www.reckitt.com/media-landing/press-releases/2024/reckitt-to-sharpen-its-portfolio-and-simplify-organisation-for-accelerated-growth-and-value-creation/
5 Harris Atmar, Jeff Cooper, Stefan Rickert, and Rodrigo Slelatt, Consumer goods: A changing landscape for successful M&A, McKinsey, 29th February 2024